『モモ』

『モモ』(ミヒャエル・エンデ/岩波少年文庫)

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長女の本でしたが、私がすっかりハマってしまいました。

1973年の作品。

見開きには、<時間どろぼうと、ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語>と副題が付いています。

人の話をただ聞くという特技を持つ少女モモ。

モモといっしょにいると、誰もがなぜか素直な気持ちなり、幸せな時間を過ごします。

ところが、そこに思いもよらぬ存在が。

人間が節約する時間を食べて生活する闇の支配者、「灰色の男たち」。

誰もかれもが忙しくなり、時間を切り詰め、とうとうモモのそばからみんな姿を消してしまう・・・。

スケールの壮大さ、ストーリーの面白さ、まるで今の世を見透かしたかのような描写力。

40年前の作品とは思えません。

たとえば<子どもの家>にほうりこまれた子どもたちの姿がこう描かれます。

<こういうところでなにかじぶんで遊びを工夫することなど、もちろんゆるされるはずもありません。遊びをきめるのは監督のおとなで、しかもその遊びときたら、なにか役にたつことを覚えさせるためのものばかりです。こうして子どもたちは、ほかのあることをわすれてゆきました。ほかのあること、つまりそれは、たのしいと思うこと、むちゅうになること、夢見ることです。
 しだいしだいに子どもたちは、小さな時間貯蓄家といった顔つきになってきました。やれと命じられたことを、いやいやながら、おもしろくもなさそうに、ふくれっつらでやります。そしてじぶんたちのすきなようにしていいと言われると、こんどはなにをしたらいいか、ぜんぜんわからないのです。
 たったひとつだけ子どもたちがまだやれたことといえば、さわぐことでした―でもそれはもちろん、ほがらかにはしゃぐのではなく、腹だちまぎれの、とげとげしいさわぎでした。>(276-277頁)

一見無意味にみえる時間こそが実はすごく大切なのかな、とあらためて思わせてくれる一冊でした。

【今日の一句】

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動かせば モノが喜ぶ よみがえる

体も同じです。

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