きっとあなたも芸術家

『今日の芸術』(岡本太郎/光文社知恵の森文庫)

『岡本太郎が、いる』(岡本敏子/新潮社)

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この人のパワーはどこからくるのか。没後20年近く経つのに、読むだけで強烈な元気を注入してくれる。

岡本太郎という人は奇抜な変わり者というイメージが強いが、実は大変な読書家であり、思想家であり、哲学者だ。語っていたこと、創造していた作品、生き様そのものが、いかに一貫した論理的・哲学的思想に根差していたか。これらの本を読めばよくわかる。しかも、素っ裸の一人の男が鋭い刃を光らせて切りかかってくるような、そんな迫力に満ちている。

あんたは自分を生きているか、命を十二分に燃やしているか、瞬間瞬間を大事にしているか、と。

『今日の芸術』は昭和29年に書かれた本で、当時はベストセラーになったらしい。その中で、太郎はこう言い放つ。

 

今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。(98頁)

 

たしかに岡本太郎の創るモノたちは、うまいわけでも、きれいなわけでも、ここちよいわけでもない。けれど見る者に何らしかの忘れられない印象を残す。

実はこの原則こそが、芸術を芸術たらしめるものなのだということを、読みすすむうちに納得させられる。

岡本太郎のいう「芸術」とは、「失われた人間の全体性を奪回しようという情熱の噴出」であり、「絶対に教えられるものではな」く、「絶対に新しくなければな」らず、「いやったらしい」ものであり、「おれにだって、子どもにだって描ける」ものだ。

教えられるべきではないという考えから、独特の図画教育論まで飛び出す。なんと、子どもたちが先生になって、校長先生が真ん中で絵を描けばいいという。つまり、大人の側こそ子どもから学べ、と。最高に面白い。

 

『岡本太郎が、いる』は、太郎没後に、50年にわたって秘書をつとめた岡本敏子さんが出した回想録だ。この人が、マネージャーとしていかに太郎を支え、尊敬し、ほれていたかが伝わってくる。彼が、どこに出ても、家の中でも、あのまんまの人だったことも。

この中にも、太郎の鋭い言葉がたくさん出てくる。たとえば、出会って間もない頃、当時流行っていた「可能性」という言葉が話題になったときのこと。

<太郎さんはジロッと見て、
「そういう言葉は甘えだね。今ありもしないものにかずけて、いかにもありそうに、そうなるように、いい気持ちになっているだけだ。可能性があるんなら、いま、ある。いま無いものは、将来にもない」
ピシッと言われた。鋭くて、真直ぐで、女の子に対する甘やかしはこれっぽっちもなかった。>(33頁)

来日した哲学者・サルトルに発した言葉もすごい。

<「あなたの『存在と無』は、とても面白いし、労作だ。だけど、こんな(と指で厚みを示して)あれを読んでる間、こっちは実存してるのかねえ」
サルトルはびっくりしたような顔をして、困ったように黙ってしまった。>(171頁)

妻の実家に帰省するとき、必ず大阪万博跡地にある「太陽の塔」の前を通る。丹下健三が設計した建物を、あえてぶち抜いてそびえ立たせたあの巨大な塔。ほかの全てのものは消え去っても、「太陽の塔」だけはさっそうと立ち続けている。

 

この人のパワーはいったいどこからくるのか。彼自身、こう答えている。

<「みんな、あなたはどうしてそんなにエネルギッシュなんですか、とかよくそんなにあれもこれもあらゆることに手をのばして、疲れませんねえ、などと不思議がる。力がたまって、ある量に達すると仕事するんだと変に物理的に考えてるからおかしいんだよ。エネルギーがある?そうじゃない。何にも無くても、マイナスでも爆発する。やることがある。ならば、やる。それがエネルギーなんだ」>(『岡本太郎が、いる』103頁)

 

【今日の一句】

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“人”の字を イメージしながら 歩きんさい

歩きも芸術。

 

【広島土砂災害義援金】

広島市   中國新聞社   NHK

【ボランティアセンター】

広島市社会福祉協議会

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