「秘すれば花」とは

『風姿花伝』(世阿弥/岩波文庫)

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今から600年も前に世阿弥によって書かれた芸能論。古典もやっぱり原典に当たるのが良いですね。わかりにくいところもありますが、比較的理解しやすい内容です。

面白いのは、世阿弥が能を単なる伝統芸能としてだけでなく、「興業」として捉えているところ。大衆を相手にする以上、エンターテイメントとして成功しなければいけない。しかし、時代に迎合して芸の神髄を失することがあってはいけない。そのバランスをいかにとるか・・・。

世阿弥は芸能についてこう書いています。

「芸能とは、諸人の心を和げて、上下の感をなさん事、寿福増長の基、遐齢・延年の法なるべし」

(芸能は人々の心を和らげて、上下の人々を一様に感動させること、寿命福徳を増す基であり、寿命を延ばすものである)という意味でしょう。現代でもそのまま当てはめることができそうです。

伝統が大切だ、わかる人にわかればよいのだ、というようなお堅い頭ではいけないよと言っているのではないでしょうか。

あの有名な言葉もありました。

「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。この分け目を知る事、肝要の花なり」

私はこれを、何事もオープンにすればいいってもんじゃない、秘してこそその価値が出るのだ、といったくらいの意味で受け取っていました。しかし、この続きを読んでいくと、ちょっと違う意味であることがわかります。

要するに、秘伝も秘してこそ花となるのであって、「秘伝だよ~」と言ってしまうと、観客は「秘伝を見るぞ~」と見入ってしまい、せっかく見たとしても珍しいと感じなくなってしまう。見る人が花であることを知らずに見て感動するからこそ、演者にとっては花となる。人に思いもよらない感動を与えてこそ、ほんとうの花なのだ、といった意味でしょうか。

さらに面白いのは、「この人は秘伝を知っているぞ~」とすらわからせてはいけない、とあります。さりげなく振る舞って、見る人を感動させてしまう。粋じゃないですか!

料理でいえば、秘伝のスープのレシピを知らされたら興醒めですよね。どれどれ秘伝を味わうかと考えながら飲んでも感動は薄れるでしょう。何の気なしに入った店で、「え、なにこれ!?」ってなるのが最高です。

私の仕事もある種「芸事」ですから、そんなに期待もしないで来られた人をさりげなく感動させるようになりたいものです。

『風姿花伝』、何度も読み返してみたい一冊です。

【今日の一句】

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いきまずに 自然にすんなり 出したいね

こちらは300年前の『養生訓』から。

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