『金子みすゞ展』に行って来た!

昨日、患者さんから招待券をいただいていたこともあり、福屋八丁堀本店で開催中の『金子みすゞ展』に出かけてきました!
ずいぶんたくさんの人で賑わっていました。

金子みすゞ・・・
あまり詳しくは知りませんでした。
出身地の仙崎にも行ったし、20代を過ごした下関には毎年行っているにもかかわらず。

没後80年になるそうですが、実際に世に知られるようになったのはここ30年であることも初めて知りました。

「みんなちがって、みんないい」

有名な言葉ですね。
考えれば考えるほど、素晴らしい言葉だと思います。
こんなに大切な真理を、こんなに単純な言葉で表現できる感性。
見えないところを静かにあたたかく見つめるその眼差し。

『土』

こッつん こッつん
打(ぶ)たれる土は
よい畠になつて
よい麦生むよ。

朝から晩まで
踏まれる土は
よい路(みち)になつて
車を通すよ。

打たれぬ土は
踏まれぬ土は
要らない土か。

いえいえそれは
名のない草の
お宿をするよ。

特に手入れもされていない土や名前もないただの草。
そこにも素晴らしい価値を見るものの見方に心動かされます。

一連の詩を読みながら、ボクは以下の聖書のみことばを思い出しました。

たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、
そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、
そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。
もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。
しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。
(中略)
そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うことはできないし、
頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともできません。
それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。
(1コリント12:15-22)

次回の下関旅行は「みすゞ巡り」で決まりですね!

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