学ぶということ

いつも楽しみに読んでいる中国新聞の「生きて」。
http://www.chugoku-np.co.jp/kikaku/ikite/index.html

今回は野球の広岡達朗氏。
今朝の回はまた面白かった。

巨人に入団した年、バッティングに悩んだ広岡氏は、打撃の神様・川上哲治さんに「教えてください」と教えを乞うが、一瞥されただけで終わりだったという。

なにか、「学ぶ」ということの厳しさを垣間見る思いがする。

現代は学ぶ機会に溢れている。本、セミナー、ネット等々、「学生」も多ければ、「先生」もいっぱいだ。

僕が尊敬するある治療家先生は嘆きながらこうおっしゃった。

「皆ちょっと教えてもらっただけで、すぐできる気になって、他人に教えたりしよる。ほんまに治せるんか?」

勉強はヒントをもらうだけであって、本当の力は、自ら壁にぶつかって試行錯誤しながらでしかつかないのだ、と思う。
地図やコンパスを勉強しただけで、山をわかった気になってはいけない。
結局、自分で歩き、汗し、雨に打たれ、厳しい思いをしなければ「力」はつかない。
「学ぶ」「教える」、いずれも昔は今よりずっと“重い”ことだったのかなと思わされた記事でした。

『金子みすゞ展』に行って来た!

昨日、患者さんから招待券をいただいていたこともあり、福屋八丁堀本店で開催中の『金子みすゞ展』に出かけてきました!
ずいぶんたくさんの人で賑わっていました。

金子みすゞ・・・
あまり詳しくは知りませんでした。
出身地の仙崎にも行ったし、20代を過ごした下関には毎年行っているにもかかわらず。

没後80年になるそうですが、実際に世に知られるようになったのはここ30年であることも初めて知りました。

「みんなちがって、みんないい」

有名な言葉ですね。
考えれば考えるほど、素晴らしい言葉だと思います。
こんなに大切な真理を、こんなに単純な言葉で表現できる感性。
見えないところを静かにあたたかく見つめるその眼差し。

『土』

こッつん こッつん
打(ぶ)たれる土は
よい畠になつて
よい麦生むよ。

朝から晩まで
踏まれる土は
よい路(みち)になつて
車を通すよ。

打たれぬ土は
踏まれぬ土は
要らない土か。

いえいえそれは
名のない草の
お宿をするよ。

特に手入れもされていない土や名前もないただの草。
そこにも素晴らしい価値を見るものの見方に心動かされます。

一連の詩を読みながら、ボクは以下の聖書のみことばを思い出しました。

たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、
そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、
そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。
もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。
もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。
しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。
(中略)
そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うことはできないし、
頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともできません。
それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。
(1コリント12:15-22)

次回の下関旅行は「みすゞ巡り」で決まりですね!

ナイトサファリに行って来た!

昨夏も行ってすごく良かったので、ぜひ今年もというわけで、
先の日曜日安佐動物公園のナイトサファリに行って来ました!

はっきり言って、昼よりずっと面白い。
雰囲気も良いし、動物も活動的だし、イルミネーションなどの趣向もこってる。

その代わり凄い人!
子どもの日と同じくらいいるんじゃないかと思うくらい。

ぴーちくパークでは全身水浸しで遊んでる子がけっこういた!
あの時間にビショビショにさせてあげられる親が凄いね。

8月25・26日、9月1・2日まで開催中。
広島近郊の方はぜひお出かけになってみてはいかがでしょうか。

最近考えさせられた言葉・・・いっしょに遊ぶとは?

長女:「あ~あ、お父さんにもっと一緒に遊んでもらいたいよぉ」


ボク:「この前もプールに連れて行ってあげたじゃん」


長女:「そうじゃなくて、一緒に何かして欲しいんだよー。オセロとか、将棋とか!」

「関わる」ってそういうことなんだなと教えられたある日の午後でした・・・

帰省中です

もりたカイロプラクティックは、15日までお盆休みをいただいております。

昨日から妻の実家、三重県に帰省してます。
車で約8時間。さすがに「帰ってきたなー」という気になりますね!
 


大津SAでは琵琶湖がよく見えました!
 


山あいの静かな町です。
ヒグラシの鳴く中、お散歩。
まさに「日本のふるさと」。

数日ゆっくりさせてもらいます

8月6日

今日は67回目の原爆忌。
今朝、いつものように娘の幼稚園での集いに参加してきました。

広島に生まれ育った被爆二世の僕ですら、いくら話を聞いてもリアルに思うことは難しい。
しかし、僕らの世代は間違いなく平和を享受してきました。
これを子どもたちにしっかりつないでいかなければと、あらためて思います。

いろいろな主義主張、価値観があるのはいい。
いやむしろ、あるべきでしょう。
けど、僕はいつか聞いた被爆者の方の言葉が忘れられません。

「ああじゃこうじゃ言いよるが、わしらはただ静かに手を合わせたいだけなんじゃ」

写真は幼稚園にある被爆クスノキ。